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ある感覚刺激に対し、すべての人には同じような知覚が生じるのでしょうか?それとも、同じものを見たり、聞いたりしているようでも、知覚のされ方は個人ごとに異なるのでしょうか?
松田研究室では、知覚の個人差を科学的な手法で明らかにすることを目標に研究を行っています。特に、共感覚という認知現象に着目し、学際的な研究を行っています。共感覚とは、例えば「アルファベットのAを見ると赤い色を感じる」「ピアノの音を黄色く感じる」など、ある一つの感覚刺激に対して、他の種類の感覚や認知が同時に感じられる認知現象です。
これまで言葉にされることのなかった知覚の個人差を明らかにすることで、それぞれの個性を理解し、その人に合ったコミュニケーションの仕方を考えられることを目指しています。
「子どものときにだけあなたに訪れる 不思議な出会い」という言葉が、映画「となりのトトロ」の歌に出てきます。そんな経験はあなたにもありますか?
大きくなると忘れてしまうかもしれませんが、小さい子どもはぬいぐるみや月など無生物のものが意志をもっているかのように考えることがあります。
子どもはどのように世界をみているのか、それが大人になってからも残っているのか、数や言葉を認識するときに影響しているのか、などを知りたいと思っています。
これまでの研究
人がなにか(形のあるもの・ないもの)に接した時にどのように考えるか、「認知」についての実験をおこなっています。
<実験の例>
「数字の『7』はどんなキャラクターだと思いますか?男性・女性?どんな性格?」のような質問をして、小学校4年生/6年生/大人 約50人ずつに、0から9までの数字について、それぞれどう思うか答えてもらいました。
この実験の結果から、数字にキャラ付けをする(数字を“擬人化”する)傾向は、10歳以下の子どもには多くみられ、大人になるとだんだん少なくなることがわかりました。大人でも「特になし」も選べるにもかかわらず、男女どちらかを選んだ人が多くいました。また、全員が同じイメージをもっているのではなく、人によって違うイメージをもっていることがわかりました。
<実験の結果から考えられること>
あなたが足し算を初めて習った時、はじめから「1+2=?」ではなく、「1個のりんごがあって、もう2個もらったら、全部でいくつ?」と考えたのではないでしょうか。また、指を使って計算したのではないでしょうか。
でも、成長すると「りんご」という具体的なものを思い浮かべたり、指を使ったりしなくても計算できるようになっていきます。そのとき、1や2はあなたの頭の中で、ただの「数」になっています。
これらのことから、
「子どもは計算をするときに、数字を擬人化することで、数という抽象的な概念を理解しているのではないか」
「大人になると数字の擬人化は意識しなくなるが、こどものころに抱いたイメージは残っているのではないか」
と私は考えています。
これから
私たちがどうやって数などの形のないものを理解しているのか、子どものころの経験がそれにどう関わっているのか、さらに深く知りたいです。
[関連論文]
Eiko Matsuda, Yoshihiro Okazaki, Michiko Asano and Kazuhiko Yokosawa, “Developmental Changes in Number Personification by Elementary School Children”, Frontiers in Psychology, 9, 2214:1-10, 2018.
知的障害と身体障害の両方をもった重度重複障害(SMD)の子どもたちの中には、言葉で感情を表現できず、目線ですらも意思表示が困難な子が少なくありません。私たちは、SMDの子どもたちの意図を汲み取る支援ができればと願っています。彼ら/彼女らの「好きな味は何か」「好きな音楽は何か」を理解する方法など、周りの人とのやりとりを増やすための支援方法を探っています。
本研究では、動きはあるものの、周囲からの関わりに対する明確な反応が見られないために意図が読み取れない脳室周囲白質軟化症の13歳の男の子と、動きがわずかであるために目視では動きを捉えること自体が困難なパトウ症候群の7歳の女の子の刺激に対する反応を分析しました。刺激の前後を記録した映像を自動で解析し、動きを可視化することで、2人の反応を定量化しました。
・実験1 動きはあるが反応がわからない13歳男児に振動刺激を提示する
体に振動装置を付け、インターバルを挟みながら40秒間の振動刺激を提示してみました。振動開始から約10秒間は体動が少なくなり、外部の環境に注意を払うようになることが観察されました。振動の直前に、大きな体動を示すこともわかりました。このあと振動が起こることを予測しているのかもしれません。
このことから、「彼に話しかけたい時には、話しかける前にポンポンと優しく肩を叩いて注意を引いてみるといいかもしれない」と彼との意思疎通の方法を工夫することができます。
(映像を解析し、体の変位量を可視化した。全く動いていない部分は白、少し動いた部分は紫・青、大きく動いた部分は赤・黄に色分けした)
・実験2 動きを捉えることが困難な7歳女児の味の好みを探る
酸味と甘味を与えたときの反応の違いを比較しました。甘味と酸味とでは目元や口元の動きかたが異なることが観察されました。人間の目では察知できなかったわずかな動きを映像解析でとらえました。
彼女のお母さんは「イチゴの味が好きかもしれない」と経験的に感じていましたが、それが動きの可視化によって実証されたといえます。
(こちらも同様に、全く動いていない部分は白、少し動いた部分は紫・青、大きく動いた部分は赤・黄に色分けした)
このように、映像解析によってSMDの子どもたちの意図を汲み取る手がかりを得ることができました。
SMDの子どもたちのニーズには多様性があり、どの子にも当てはまる実験を組み立てることは難しいという課題があります。ケーススタディであるこの研究は、対象が2人の子どもと限られましたが、今後、対象となる場面を増やし、子どもと接する保護者の方や施設の先生が、それぞれの子に合った実験を気軽に組み立てていけるような支援機器を開発していきたいです。
[関連論文]
Eiko Matsuda, Tatsuki Takenaga, Mamoru Iwabuchi and Kenryu Nakamura, “Time series analyses of the responses to sensory stimuli of children with severe and multiple disabilities,” Journal of Robotics and Mechatronics, 34(4), Rb34-4-11955:1-13, 2022.
巖淵守, 松田英子, 「身の回りにあるテクノロジー(アルテク)を利用した支援インターフェース」, 計測と制御, 18(3), pp. 229-234 , 2015.
[関連論文]
Eiko Matsuda, Julien Hubert and Takashi Ikegami, “A Robotic Approach to Understanding the Role and the Mechanism of Vicarious Trial-And-Error in a T-Maze Task”, PLoS ONE, 9(7), e102708, 2014.